こんにちは、ただひらと申します。
今年36歳、年男です。
私は今、自分の人生史上最高にチャレンジしてます。
- 2021年から朝活開始
- 2年かけて2021年12月TOEICスコア825点
- 2022年2月からブログを開設
- 1年かけて2022年5月簿記2級取得
- 2022年6月から毎日英会話レッスン
- 2022年7月からツイッター運用開始(毎日1ツイート継続)
- 毎日ランニングで2022年1,400km走破
- 毎月8冊以上読書
このルーツはなんやろ?
そう思って、この記事を書きました。
私が20歳の時に、アフリカのウガンダに行った話。
今、思うと私の思考や行動に大きな影響を与えています。
- 【知ってる】と【できる】は、まったく違う
- できる(経験)こそが、人を形成する
なにゆえウガンダ?どんなんだった?
興味のある方はぜひ読んでください。
なにゆえウガンダ?
訪問のきっかけ
ウガンダを訪問したのは、友達に会いに行くためでした。
彼は日本人で、小学校からの親友です。
当時、彼は家の事情で単身ウガンダに行き、半年間ほど親戚の家で生活していました。
「彼がひどいホームシックになっている。」と聞いて、
「会いに行こうかな。」と軽い気持ちで言ったのが始まりです。
「ほんまに行ってくれば?」
母から、こう言われたことも大きかったです。
息子を初海外に単身でウガンダに行かすなんて。
反対はしても背中を押すなんて、なかなかやな。
そんな親のもとに生まれてラッキー、感謝してます。
ウガンダまではドバイ経由で丸1日かけて行きます。
初海外、英語なんてまともに話せない。
頼れるのは自分のみ。
あの時、初めて自分に対して責任を持ちました。
大げさだけど、
生き抜くために五感が研ぎ澄まされるのをはっきり覚えています。
不安と恐怖と高揚と自己陶酔。
いろんな感情が入り混じってました。
関空を飛び立った直後は半ベソでもう帰りたいと思ったものの、
ウガンダに着く頃には隣に大男の黒人が座っていても平気になっていました。
振り返るとたくましい。
ウガンダに降り立つと親友と久しぶりの再会。
記念に一枚。
と思ったら、現地の人が入り込んで一気にウルルン滞在記状態に。
カメラは相当珍しいようです。
ウガンダって?
ウガンダをあまり知らない人もいると思うので紹介します。
国名 | ウガンダ共和国 |
首都 | カンパラ |
人口 | 約4,500万人 |
公用語 | 英語/スワヒリ語 |
ウガンダは東アフリカにある、ケニアの隣の国です。
国土は、イギリスと同じくらい(約24万㎢)。日本は約37万㎢。
東京都の人口(約1,400万)の約3倍。
もちろん、赤道が通っています。
元々はイギリスの植民地でした。
アフリカ最大の湖、ヴィクトリア湖に隣接しています。
あまり裕福ではない、けど自然が豊かなアフリカの国です。
滞在先
ウガンダでの滞在は親友の親戚の家にお世話になりました。
都市部から少し離れると、ホテルはありません。
日本人がウガンダで生活するとなると、高い塀に24時間体制の
ボディガードは必須です。
ボディガードは銃を携帯していて、泥棒も実際に何度か撃退したことがあったそうです。
ウガンダの日常は、停電や断水がほぼ毎日起きます。
未舗装の道も多くデコボコで、車に乗ってると激しい揺れでお尻が痛くなるほどです。
食べ物は意外に美味しく、ビーフやチキンなんかはBBQソース味で本当に美味しかったです。
日本にいたらあり得ないことだらけでしたが、不便も慣れると快適に思うんですよね。
日本がどれだけ恵まれているかと、人間の適応力はすごいと実感しました。
ウガンダでの衝撃の出来事
落とす人、拾う人
親友と街に行った時のことです。
ウガンダの街にアジア人が2人。ここでも自己陶酔。
親友が堂々としているのがすげーな、と思いました。
ここで衝撃の出来事が。一瞬の出来事です。
私たちの前に1人の男性が歩いていました。
どうやら、尻ポケットには給料袋(札束)が入っている様子。
それがポロッと落ちたな、と思った瞬間。
明後日の方向から来た、別の男性が何食わぬ顔で給料袋を拾ってその場を去っていったのです。
一気にまた恐怖を感じました、ここは日本じゃないんだと。
フルーツ売りの青年
親友は地元のカンパラ大学で英語を学んでいました。
教室はこんな感じです、大学と思えないでしょ?
親友が授業の間、構内のベンチで座っていたところ、フルーツ売りの青年がやってきました。
彼は英語です。
なにやら、「フルーツを一つ買ってくれないか?」と言っています。
日本円にしておおよそ数十円、細かいお金を持っていなかったので約100円のお札を一枚渡しました。
彼は、「お釣りを取りに戻るから待っててくれ。」と言います。
内心「絶対、戻ってこないだろうな。」と思いながら、
OKと言います。
15分後、フルーツ売りの青年は戻ってきました。
私はとても驚き、「戻ってこないと思っていた。」と、
なんとか彼に伝えます。
すると、彼は真剣な表情で真っ直ぐ私の顔を見て、
「黒人が全員、悪い人間と思わないでほしい。」と言うのです。
すごく恥じました、自分を。
なぜなら、
- 彼に、とても失礼なことを言ってるとわかってなかったから。
- 心で、黒人=悪い人間のイメージを持ってると気付いたから。
自分が、すごく表面的で薄っぺらい人間だなと思いました。
なんにもわかっていない、見えていないのに決めつけている。
いざ赤道へ
ウガンダの赤道はとても殺風景でした。
道の脇にこの印があるくらい。北半球と南半球の折り返し線。
なんてことない。
けど、頭に世界地図を描いて日本との距離に想いを馳せます。
自分はここまで来た、と。
ただ、それだけで自分の世界が広がったのは確かです。
行っただけやけど、私の自信になりました。
今、思う事
「知ってる」と「できる」は全く違う
この違いの大切さを理解しているのはすごく重要だと思う。
今の時代、ネットで調べればウガンダのことなんていくらでも
調べられる。
知ることができる。
一方で「知ってる」で満足して、「できた」気になってしまう。
そうなると行動がどんどん起こせなくなってしまう。
自分は知ってるだけなのか?できるのか?やったことがあるのか?確認する。
「知ってる」だけじゃ、なんにもできない。
できる(経験)こそが、人を形成する
ウガンダに行ったことがある。
アフリカで赤道を越えたことがある。
この事実は、間違いなく今の私の核になっています。
知っている(知識)も必要です。
知識は失敗を小さくする、致命傷を受けないために必要なんです。
知識があるだけでは行動は起こせない。
具体的には、何かに挑戦しようとする時。
私はウガンダに行ったことがある。
だから、この挑戦もきっとできる。と思えるんです。
ウガンダを知っているだけでは、こうは思えないです。
できる/やったことがある(経験)がその人を形成するんです。
これからの事
私は、普通の会社員です。なんとなく毎日を過ごしていました。
毎日に、言葉で言い表せない違和感を感じている。
満足していないわけじゃない、けどなんか違う。
その時に、このウガンダの経験を思い出しました。
これからは、残りの人生はできる、やりたいで満たしたい。
そのチャレンジに時間を使いたい。
どうなるかはこれから見てみましょう。
平凡な人生には、ならないことでしょう。
私のように、感じている人もいるんじゃないかなと思います。
そんな人達が何か感じるものがあれば嬉しいです。
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